Jorma & Lea Pihkala
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2026の 夏


暑 中お見舞い申し上げます


 しかし、この方(キ リスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権(権能)をお与えになった。(ヨハネ1:12)

 マルックとライ ヤ・フットゥネンご夫妻(Markku & Raija Huttunen)は、2005年の秋に日本を訪れ、日本という国と宣教活動について知る機会を得ました。昨年11月に主のもとに召されたマルック様、旅 の途中で次のような証言をしました。私は彼の葬儀でその言葉を引用させていただきました。



 私は信仰に満ちた家庭で幼少期と青年期を過ごすという恵まれた経験をしました。祖父母は信者であり、両親も結婚後まもなくキリストを受け入れました。そ のため、私は幼い頃からキリスト教の教えを受けて、又とりなしの祈りの対象で育ちました。両親の生き方そのものも、神への信仰を証ししていました。

 家庭でキリスト教的な教育を受けて育ったにもかかわらず、思春期になると、世の誘惑に惹かれるようになりました。両親を敬うために教会に通っていました が、同時にダンスパーティーにも行き、喫煙を始め、週末にはお酒にも手を出すようになりました。神が与えてくださった人生の恵みである性欲を通して、悪魔 そして私自身の欲望が私を支配していきました。罪の誘惑に打ち負かされてしまったのです。

 神の善意と慈悲深い御心は、誰も罪にまみれて永遠の滅びに陥らないようにすることです。だからこそ、神は私をも御自身のもとへと引き寄せようとされまし た。ヨブ記には、神が私たちを二度、あるいは三度、御自身の共同体へと召されると記されています。神は17歳の私に、明らかにその召しを与えてくださいま した。人生の土台となる答えを切望していたにもかかわらず、私はその召しを拒絶してしまったのです。

 罪の生活は続きましたが、やがて神は私たちの地元の教会に、信仰深い若い執事の姉妹を遣わされました。彼女は毎週土曜日の夜に聖書研究会を開き、私たち 若者を招いてくれました。土曜日の夜に聖書研究会を開いたのは、ダンスパーティーや飲み会に行かず、聖書研究会に参加し、その後はダンスパーティーにも行 くようになったからです。神が私の人生に新たな召命を与えてくださったため、このような二重生活は「霊的な」二日酔いを引き起こしました。

 私は父をはじめ、何人かの人に、霊的なことを明瞭かつ率直に語ってくれる牧師はいないかと尋ねました。 父はいると言いました(きっとこの質問を聞いて 喜んでいたのでしょう)。私が話した執事は、私たちの若者たちの信頼を得ていました。ある時、彼女は少年たちが近くの町で伝道集会に行こうと言いました。 そして、彼女の指示に従って私たちはそこへ行きました。そこで若い牧師が、私の切なる願いに直接応えてくれました。彼は、「君たちは今ここで集会に座って いるが、すぐにあちらで酒を飲み、踊り、淫らなことをするだろう。それは間違っている。主がそう言っておられる」と断言し、神の道を示すためにいくつかの 聖句を引用しました。私ははっきりとした言葉を聞いても、神の召命のもと、探求の時を過ごしていたので、腹を立てませんでした。しかし、牧師が「生ける神 との関係は正しいか」と尋ねた時、私は非常に曖昧な答えをして、その場を去りました。



 数か月後、別のイベントに参加した際、信仰によって救われた刑務所長が講演をしました。彼は、先ほどの牧師と同じように、罪と恵みについて語りました。 イベント後、私は講演者に、たとえ一人で家にいても信仰を持つことは可能かと尋ねました。彼は、刑務所でイエスを知った囚人たちに会ったことがあるので可 能だと答えました。彼らは独房に聖書を置いていて、そこから救いを見出したのだそうです。その刑務所長は私を見て、「あなたは神に何か伝えたいことがある はずだ」と言いました。

 私はあると認めて、私たちは群衆の端に行きました。彼は、私を苦しめていることを神に打ち明けるように励まし、罪の赦しを伝える者として、イエスの御名 と和解の血によって、それらを赦すと宣言すると言いました。その時、私は人生の岐路に立たされました。私の魂の敵であるサタンは、私の耳元で「あの男のそ ばにひざまずいてはいけない。そうすれば、友人、知人、そして命までも失うことになる」と囁きました。

 しかし、この敵は嘘の王であり、嘘の父です。彼は嘘をついていたのです。私は、あの男のそばにひざまずき、神に罪を告白する力を得ました。イエスの御名 と十字架上の和解の血によって、私に赦しが与えられるという言葉を聞いた時、私の心には計り知れない平安が満ち溢れました。神はもう私の罪を覚えておられ ないと確信しました。私は聖霊と平安を受けました。その時から、聖霊は神の言葉である聖書を開いてくださるようになりました。私の場合、ヨハネによる福音 書1章12節の言葉が現実となりました。「彼を受け入れた者、すなわち、彼の名を信じる者には、神の子となる特権をお与えになった。」私は、この偉大な神 の恵みが、罪人である私たちにも今日なお与えられていることを証します。(2005年)


日本からのゲスト

 5月、私たちは長年にわたり同じ道を歩んできた親しい友人2人を日本からお迎えしました。一 人は宮崎茂さんの奥さん、チナさんです。彼女たちは1975年に徳島県に吉野川教会を設立した際、約7年 間開拓伝道で私たちと共に活動しました。もう一人は地上明子さんで、 当時同じ教会の礼拝で賛美歌の伴奏をしていました。

 私たちはフィンランド各地、タリンを巡り、彼女たちはストックホルムとオウライネンにも訪れました。チナさんは信仰を証しし、宮崎一家がRyttyla 宣教センターで学んでいた頃に出会った友人たちと再会することができました。


  その後、2日間、宮崎茂さんとチナさんの娘さんとそのご主人が私たちの家に滞在してくださ いました。

阿南教会創立50周年記念


 5月の最終日曜日、阿南教会の創立50周年記念式典が、1984年に宮崎茂氏によって建てら れた教会で執り行われました。築40年以上経つこの教会は良好な状態に保たれており、宮崎氏は式典で自らの手による教会を満足げに見つめていました。式典 では、教会の歩みを写真とともに振り返る美しい記念誌が発行されました。長年にわたり、FLMの宣教師や邦人牧師がこの教会で奉仕してきました。現在の主 任牧師は中川和也氏で、東徳島教会も兼任しています。日本の教会では 深刻な牧師不足が続いています。


 ラウリ・パルムと朝子は7 月に半年の国内奉仕のために帰国しましたが、来年1月に再び日本に戻り、淡路教会を担当するとともに、阿南、東徳島、吉野川の各教会も支援していく予定で す。

 第60回目のミッション大会がリュッティラで祝われ、FLMの日本 の宣教師全員が出席しました。雨天にもかかわらず、約1万2千人が集まり、言葉と音楽を通してイエスの福音に耳を傾けました。

東ヘルシンキ教会
 東ヘルシンキ教会は設立から2年が経ちました。その目標の一つは、移民に福音を伝えることです。特にイス ラム教徒との間で数え切れないほどの話し合いが行われてきましたが、7つのモスクがある環境では、その挑戦は非常に困難です。この働きには忍耐が必要であ り、すぐに成果が出るものではありません。そのため、働きの目標に対するビジョンをより明確にし、祈りと弟子訓練にさらに力を注ぐ必要があります。私たち は愛をもって新しい人々を迎え入れ、主の愛に心を開いている人々を探し求めなければなりません。私たちが出会う人々はしばしば深い牧会上の課題を抱えてお り、それらに答えるためにカウンセリングセミナーが開催されてきました。JanとHeidi Martikainen牧師夫妻は、経験豊富なアメリカ人牧師夫妻、ClintonとPeggy Watsonご夫妻の長老職の支援を受けています。礼拝 の大きな喜びは、愛らしい笑顔で人々を魅了するたくさんの赤ちゃんたちの存在です。
家族のニュース
 7月には、家族にとって二つの喜ばしい出来事がありました。パルム家の末娘が神戸のカナディアン・アカデ ミー高校を卒業しました。彼女は次の冬、ミッションの聖書学院の信仰弁証論過程で過ごし、その後、専門職の勉強に臨みます。一方、サボネン家の一人娘は、 ミッションの堅信礼キャンプに参加し、主イエス・キリストへの信仰を公に告白しました。



 レア(85)と私ヨルマ(82)はですが、一緒に年を取るということは、歩く速度遅くと距離が短くなるということに顕著に表れています。私たちは年齢の 割に健康でいることが神様の恵みです。

 私たちが受 けた友情、支援、執り成し、励ましに心から感謝します! あなたは私たちにとって重要です!

主の豊かな祝 福をあなたの上 にありますようにお祈り致します。


J. & L.  ピヒカラ